市民はねじを巻く

電子書籍、ガジェット、雑記を中心に書いています。

効果あり??スタンディングデスクで2ヶ月間作業してみた

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ライフハッカーでスタンディングデスクについて紹介されていた。

www.lifehacker.jp

 

「なぜ、作業をするために、わざわざ立たなきゃならないんだろう?」 と、当時は自分には関係ないことだと考えていたが、2017年に入ってから自宅での作業効率があまりに良くないので、試しにスタンディングデスクを導入してみた。

 

実際に始めてみると、結構いい感じに作業が進むようになった。もっと言えば、作業をしようという気力が湧くようになった。

 

スタンディングデスク形式での作業開始から2ヶ月くらい経ったので、個人的に感じている効果をまとめていきたいと思う。

 

※ この記事は、あくまで個人作業についての効果や感想についてを書いています。

※ 企業向けに導入した効果等ではありませんので、予めご承知おきください。

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朝は健康だなんて、あれは嘘

部屋の掃除なんてやる方がいいに決まってる。

洗濯だって、ワイシャツ首の染みとりだってそう。

 

めんどくさい、つかれる、という理由でなかなかやろうとしないことたち。

 

こういう、始めるまではイヤだイヤだと感じることはあっても、控えめに言っても終わってみれば、確実に満足感を約束されていることがある。家事だけじゃなく、勉強や運動もそうかもしれない。

 

でも、たいていはやらずに先延ばしになる。目の前の小さな快楽に踏みつぶされる。

 

こうして毎日の起床は、後悔からはじまるのだ。

 

昨日も掃除をしなかった、と。ああ、また早起きができなかったと。

 

だからこそ、太宰治『女生徒』の

朝は健康だなんて、あれは嘘。朝は灰色。いつもいつも同じ。

 

この言葉は真実だなと思う。少なくとも、いまはそうだ。

女生徒

女生徒

 

 

 

他者を容易に受け入れる人の本質

「本質的には自分のことにしか興味が持てない人間なんだよ。傲慢か傲慢じゃないかの差こそあれね。自分が何を考え、自分が何を感じ、自分がどう行動するか、そういうことしか興味が持てないんだよ。だから自分と他人とをきりはなしてものを考えることが出来る。」


『ノルウェイの森』で一番印象に残ったことば。

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

 

 

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

 

 

集中したい時に聞く作業用BGM 環境音と生活音まとめ

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自宅や外出先で仕事や勉強をするときに、BGMがないと集中力が継続しない。

 

そんな時はいつも決まって、ipodで音楽を聞くようにしていたが、どうも歌詞のある曲だと落ち着いてものを考えられないし、アウトプットにも支障がでることもある。

 

じゃあ、クラッシックとかジャズを聞けばいいじゃないかとも思ったが、素人の私には世界が広すぎて何から手をつけいいか検討もつかない。とりあえず著名なバッハ、サティー、ショパン、ベートーヴェンあたりや村上春樹の小説で題材になっている音楽を聞いてもみたが、なにやら落ち着かなくなった。

 

他にもジブリ、ディズニーピアノメドレーや、ゲームBGMなども試してみた。こちらはゲームをプレイしているように作業ができるので使えるなと思っていたが、何度も聞いている内に飽きがきた。

 

そこで試しに、自然の音やカフェの雑音などを聞くようにしてみた。すると、これは飽きが来ず、同じ音源でも何度も聞くことができた。先入観から自然の音というのは、どちらかというとリラックス目的に使うものだと思っていた。でも実際に使ってみると、淡々とした作業にはわるくない。

 

また、カフェの音ではリラックスこそできないが、適度に雑音があったほうが無音よりは作業に集中できる。どうやらわたしにとっては、作業用BGMとしてクラシックやジャズなどよりこっちの方があっているらしい。

  

環境音や生活音のストックも増えてきたので、記事としてまとめてみようと思う。もし、作業用BGMを探している方がいたら参考にどうぞ。

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車間距離の王様に理由なんていらない

いつかの冬休み、実家に帰省したときの話。

 

私は18歳の頃に運転免許証を取ってから、ほとんど車の運転をしていない。もともと運転は好きでも得意でもなかったし、上京したこともあって運転する機会にも恵まれていなかった。

 

それでもたまに実家に帰省した時に、気分転換に少しだけ車を走らせることはある。見慣れた景色をドライブしながら眺めるのは気分がいい。それでも遠出はしたくはないから、近所のテニスコートやショッピングモールに行く程度だけどー

 

冬に帰省して行う家族イベントなんて、せいぜい年初めの親戚周りくらいなものだ。しかも特段楽しいことでもないし、できればさっさと済ませたいと思っている。そんな心持ちのせいもあって運転は家族に任せている。その日の運転手は母だった。

 

年初めの忙しい時期もあってか、道路はいつもより渋滞していた。信号待ちをしている時間が退屈で、助手席の窓から景色を眺めたり、目についた看板の文字を意味もなく声に出してみたりしていた。

 

さすがにやることがなくなったので、今度はこの渋滞を眺めることにした。前にいる車は所沢ナンバーだなとか、車種はなんだろうなとか。そんな中で、前の車との車間距離が結構空いていることに気づいた。普段なら目に止まることでもないし、尋ねることでもないのだが、この時のわたしの思考回路はひどく停滞していて、幼児のように思ったことは口に出してしまうようになっていたらしい。そのようにして、車間距離を空けている理由を母に尋ねた。すると、

 

 

「あたしは、車間距離の王様だからね」

 

 

てっきり「安全運転のため」とか言うのだろうと思っていたが、その返答はわたしの想像を超えたものだった。おもわず笑ってしまった。車間距離の王様? なんだろうそれは?

 

 

「車間距離の王様はいつも十分な距離を保つのよ」

 

 

この意味不明なやり取りに、その場では笑ってお終いだったが、振り返ってみるとそこにはわずかに光るものがあるように思えた。

 

 

例えば、わたしが車間距離を取ることの理由を聞かれたとしよう。

 

その場合「安全運転」をキーワードにして理由を述べると思う。または、初心者マーク時代からの癖だから無意識だった、という事も理由の一つとしてあるかもしれない。

 

でも、これをよく考えると、それっぽい理由が湿布のように張り付いているだけにすぎないことに気づく。(明確な理由がある人はもちろんいるだろうけど)だから、本心を口にするならば、「理由はわからない」と答えるべきだ。理由なんてないのだから。社会人として社会生活を送っている時は無意識にベターな回答が褒められるが、こういった、ある意味で遊びの場でも、ありもしない理由を作っていたことに、なぜだかひどく情けなさを覚えた。

 

この出来事を振り返って、まあ、車間距離の貴族だろうが公爵だろうが殿様だっていいけど、「存在の故にそうなる」っていう返しのもたまにははアリだななんて思った。どうせ、本心ではない湿布がもれなく貼り付いてくるのだから、それはサロンパスでもフェルビナクでも自分の好きなものを貼っておけばよいだろう。

 

...

 

あなたが普段から心掛けている清潔感のある服装や、クールで几帳面な性格、ユーモアに富むセールストーク、おまけに視野も広く、周りに目を配ることもできる特徴のいずれかについて誰かに理由を問われたならば、

 

 

「わたしは、セールスマンの王様ですから」

 

 

なんて答えてみたら、あなたの魅力が数センチ上がるかもしれない。

 

 

以上です。